「小さないのち」のなかま

【掲示板のおねがい】 この掲示板は、こども遺族の会「小さないのち」が主催しています。 投稿は、基本的にお子さまを亡くされた方と考えています。 ここで思わぬ傷つきが発生しないように、書かれた内容に対する「否定的な言葉」「価値観の押しつけ」がないようにお願いいたします。会代表 坂下裕子



カテゴリ:[ 健康/医療/介護 ]


85件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[25] Re: いつまでも一緒

投稿者: さかした 投稿日:2017年 2月 2日(木)18時38分26秒   通報   返信・引用 > No.24[元記事へ]

ステキな、大事な写真を見せてくださり
ありがとうございます。

「ずっといっしょ」
「いつまでもいっしょ」
いい響き・・・

以前も聴いたことがあるような気がして
本を検索したんです。

そしたら、同じタイトルの本「ずっといっしょだよ」が見つかり
さっそく注文しました。
子どもを亡くした親の手記集のようです。

ずっといつまでも一緒にいられる気分を
さらに味わえることを期待して
配達を待っています。




[24] いつまでも一緒

投稿者: みーちゃん 投稿日:2017年 1月30日(月)17時35分2秒   通報   返信・引用

はじめまして。
みーちゃんと申します。

とうじょうさんの投稿、『誕生日』を読んで・・・

ケーキに添えられる『いつまでも一緒だよ』のメッセージに
じーんとなりました。
素敵なメッセージですね。


うちは娘を27歳で亡くしました。

娘の机を片付けていて、一枚の絵はがきを見つけました。
生前元気だったころ、気に入った絵はがきをコレクションしていたようです。

ピンク色の地に パパとママに抱っこされた
赤ちゃんにゃんこの絵が描かれています。
そして
『ずっとずっと一緒だよ』と書かれています。

このはがきを見つけた時
大泣きしてしまいましたが
・・・娘が泣いている私に励ましのメッセージをくれたんだ
と 思って
遺影の横に飾っています。

・・・泣かないで ずっとずっと一緒だから・・・
・・・はがきの向こうから娘の声が聴こえてくるようです

写真をアップしますね。
見ていただけたら嬉しいです。



[23] Re: 誕生日

投稿者: とうじょう 投稿日:2017年 1月30日(月)14時30分20秒   通報   返信・引用 > No.21[元記事へ]

誕生日は.....

一緒に過ごせた2回までは、すべて手作りのケーキを上げていました。
1歳のときは、まだ卵とかお砂糖とか使っちゃいけないと思ってこだわったケーキを。
2歳のときは、大好きなイチゴをものすごくいっぱい詰めたケーキを。

実は、亡くなった後、月命日に毎月近所のママたちが集まってくださるようになっていました。
たまたま誕生日が3日。亡くなったのが2日だったので、誕生月は月命日にプレ誕生日をしていました。
でも、主役のいない誕生日にケーキを作る気にはなれません。
もともと独身時代から大好きだったケーキやさんに相談しました。
「プレートをつけたいのですがお誕生日おめでとうはへんなのでどんなメッセージがいいでしょう?」
すると、「スタッフで考えさせていただきますので一度切りますが少しお時間をいただけますか。」とのお返事。
数分後「ようくん、いつまでも一緒だよ、というのは如何でしょう。」とお電話をいただきました。

それ以降、必ず大好きだったイチゴのショートケーキに「ようくん、いつまでも一緒だよ」というプレートをつけてそのケーキ屋さんにお願いしています。



[22] お年玉

投稿者: さかした 投稿日:2017年 1月26日(木)01時17分15秒   通報   返信・引用   編集済

よく話題になるのですが
子どもが亡くなった次の年から、お年玉は
亡くなった子の分はなくなる
という淋しい話。

先日、いいことを聞きました。

身内の一人が、亡くなった「〇〇ちゃんに」とくれたことを
ほかの身内に、嬉しかったと話したら
「え?あげていいの!」と言われ
???と思ったところ
「つらいかも、と思って遠慮してたの」
と言われ、もらえるようになったと。

そうかあ
もらえなくなったのには
あげにくい、というのも含まれているんですね。



[21] 誕生日

投稿者: さかした 投稿日:2017年 1月18日(水)00時25分43秒   通報   返信・引用

年賀状が終わるころ
わが家は誕生日を迎えます。

毎年同じ繰り返しで
夫は朝
「ケーキ買っといてや」と言い
私は「うーん」と言って
買わない。(買えない?買わない?)

夜、電話がかかり
「買ってくれた?」
「ううんん」
「もー」

そしてケーキが持ち帰えられます。
何年か前から、アイスケーキなんです。サーティワンの。
あんまり食べられないから。
私は泣くのでー

で、1月ちゅうかけて
少しずつ食べ進めていきます。

ケーキ食べるのつらい人
アイスケーキもいいですよ。
自分のペースで食べられます。





[20] Re: 年賀状つづき

投稿者: まっきい 投稿日:2017年 1月11日(水)13時44分36秒   通報   返信・引用

こんにちは、初めて投稿させていただきます。
小さないのちの会員で、ここではまっきいと名乗らせていただきます。

こどもを亡くして丸5年経過しました。

実は私は今では、抵抗なく
「あけましておめでとう」と職場では抵抗なく言うし
年賀状も出しています。

亡くした初年度は、クリスマスが非情なものに思え
世の中のキラキラしたもの全てが、無くなればいいのに・・・とさえ思ったりしました。
それから少しずつ、そのような気持ちが薄れてきて
普通に笑顔が出せるようになると、そんな自分を冷たい母親だ!
だから、私の子は・・・と思う時期もありました。

5年の中で色んな感情が出たり無くなったりまた出たりしながら
今では、他人には何も抵抗なく「おめでとう」が言えるようになりました。

分かってくれる人は、分かってくれるだろう・・・という線引きを
自分で勝手にしているんでしょうね。きっと。
そんな私も、命日が近づく秋は、毎年しんどくなります。(無気力になります)

これからも、こうやって何かしてもしなくても、一日一日が過ぎていくのかな
と掲示板を読ませていただいて、感じているところです。




[19] Re: 年賀状つづき

投稿者: こづる 投稿日:2017年 1月 9日(月)22時11分20秒   通報   返信・引用

私も、大ちゃんが亡くなってから年賀状を書くのを辞めています。と、いうより書く気が失せたまま5年が経過してしまっています。

【あけましておめでとう】という新年の挨拶も、とうじょうさんと同じく、極力言わずに済むよう、はぐらかしています。

大ちゃんがいなくなってから、「おめでとう」や「幸せ」という言葉を口にすることに、ためらいと抵抗を覚えてしまっています。
家族が揃っていた頃のような、幸せな時間を超えるほどの「幸せ」は今はないからだと思います。


今日、子どもを亡くした数名のお母さん方と集まってお話をしました。みんな「こんにちは」と挨拶をし、話が始まりました。誰一人、【あけましておめでとう】という挨拶はしませんでした。

みんな、同じ思いなんだなとこっそり思ったりなんかした一日でした。



[18] Re: 年賀状つづき

投稿者: とうじょう 投稿日:2017年 1月 4日(水)11時58分54秒   通報   返信・引用 > No.16[元記事へ]

年賀状。

喪中が終わった年からは仕事関係のつながりもあるので
普通に年賀状は出していました。
でも、ずっと拒み続けていたことがあります。

【明けましておめでとう】

という言葉です。

葉が生きていた大事な2004年がどんどん遠くなってしまうようで
新しい年をどうしてもおめでたいと思えなくて
新しい年が恨めしくって
ずっとずっと【おめでとう】という言葉を自分でも滑稽と思えるほどに拒んでいました。

最近になってやっと、どうしても....という公の場では小さい声でモゾモゾ言えるようになりましたが
夫の家族などが意気揚々と【おめでとう】と言ってくるときなどには
本当に滑稽と思えるほど【今年もよろしくお願いします】だけを返しています。

おかしいと思っていても
なかなか未だに自分の中で折り合いがつけられないのです。

とうじょう



[17] 年賀状 つづきのつづき

投稿者: さかした 投稿日:2016年12月31日(土)12時13分43秒   通報   返信・引用   編集済

年賀状、何であるんだろう…?

まで書いてしまうと
よっぽどの変人だと思われてしまう。
けど書いちゃったー

昔は、けっこう好きでした。
年賀状だけでなく
子どもが生まれたお披露目のはがきも
積極的に出し
年賀状は、親子写真入りで
かなり積極的に出していたのだけれど
その子が亡くなって
年賀状を出さなくなっただけでなく
写真というものすら、撮らなくなりました。

変わらず届く写真入りの年賀状…

当時、子どものいない友人たちは
私が一方的に送り付けていた、ああいうはがきを
微笑ましく手にしてくれていたのだとしたら
ほんとうに有り難く思い
そういうことではなかったのだとしたら
何と独りよがりだったのだろうと
自分の全体像を、年賀状を通して省みたりしました。

きょうは大晦日
まだ1枚も書けてません~





[16] 年賀状つづき

投稿者: さかした 投稿日:2016年12月29日(木)13時52分0秒   通報   返信・引用

「こだわり」は
あった時期があります。
喪中とされる期間が終わっても、
まだまだ気持ちは変わってないですよ
という主張のようなものが。

「大した理由」も
あった時期があります。
年賀状を出す、出さない、にかかわらず
変わらずにいてくれる人
これをきっかけに疎遠になる人 がいるようで
本当のお付き合いだけ残ればいい
という思いのようなもの。

思えば、どちらも
しっかりとした考え方だったような気がします。
ある意味、自分を貫いていたというか。

どっちも薄れた今のほうが
ゆるゆる生きている感じさえします。

さぼっているだけです。
まだ1枚も書いてません~


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