「小さないのち」のなかま

【掲示板のおねがい】 この掲示板は、こども遺族の会「小さないのち」が主催しています。 投稿は、基本的にお子さまを亡くされた方と考えています。 ここで思わぬ傷つきが発生しないように、書かれた内容に対する「否定的な言葉」「価値観の押しつけ」がないようにお願いいたします。会代表 坂下裕子



カテゴリ:[ 健康/医療/介護 ]


149件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[150] Re: 母の日に

投稿者: さかした 投稿日:2019年 5月14日(火)23時33分4秒   通報   返信・引用 > No.149[元記事へ]

母の日だったこと、済んでから気づきました。
日常の一日として過ぎていました。

ちょうちょになって会いに来てくれる話、
いろんな方から聞くのですが
私は、ちょうちょを目にすることがないんです。

じゃあ、何になって来てくれているのかな?

そう考えるようになって、
いつも目をひからせています。
だって、私の子だけ来てくれないはず、ないもん。

鈍感なんですね。

目に見えるかたちでなくてもいいから
あ、いま!
って気づく瞬間に、遭遇できること
ずっと待ち構えています。





[149] 母の日に

投稿者: みーちゃん 投稿日:2019年 5月12日(日)21時17分56秒   通報   返信・引用

5月10日、
いつも通りに お墓の花を買いに
ホームセンターへ。

いつもとは違う売り場のお花のレイアウトで、
はっっっと気づきました。

この週末は 母の日…なんだ。

もう誰にも お母さん と 呼び掛けてもらえなくなりましたが

いつも通りのお墓参りを済ませて、家に帰り
庭に出たら
大きなあげは蝶が、ゆったりゆったりと
まとわりついてくれました。

お母さん、母の日だよ、と
娘が言っているのかな。

あげは蝶に、こっちにおいでと声かけたら
ひらりひらりと、小さな庭を舞っていきました。
ほっこりふんわり、
娘が舞っているのかと。
蝶になって会いに来てくれてありがとう








[148] なのかさんへ

投稿者: あき。 投稿日:2019年 5月 7日(火)15時16分52秒   通報   返信・引用   編集済

はじめまして。
私もなおみさん宛に返信を書いた1人です。
同じ経験をしました。
事故から今日で半年経ちます。
とても辛く、毎日、迎えに来て欲しい、側に行きたいと思い生きています。
なぜ息子を死なせてしまった私が生きているのか?
許すことができません。
けれど残された2人の姉妹を育てないといけません。
事故の日、高度救命救急センターでの日々、看取り、葬儀…
フラッシュバックします。
本当に辛いです。
会いたいのに、二度と叶わない現実に打ちのめされます。
なのかさん、ここにもいます。
1人じゃないです。
うまく言葉にできなくてごめんなさい。



[147] Re: 連休

投稿者: みーちゃん 投稿日:2019年 5月 6日(月)22時32分11秒   通報   返信・引用

やすさんへ

つらいです。私も。


27歳の娘を亡くして6年経ちました。
カレンダーに書かれている全ての記念日、
祝日、ゴールデンウィーク、お正月
娘を亡くしてから 自分には関係ないことと、過ごしています。

この10連休、いつも通り引き込もってましたが
雨が続いたこともあり、長い休日でもあり
落ち込みがきつかったです。

世間のお祝いムード、
きっと娘が一緒にいてくれたなら、
世間の当たり前の流れとして
気に止めなかったと思います。

でも今は違います。

何年たっても、
どの場面でも辛いです。

今日、誘ってくださる方がいて
気分転換にコンサートに行ってきたのですが
美しいメロディ、楽器の響きを聞いていると
突然涙が溢れてきました。

娘と共に聴きたかったなあと。
娘ももっと生きて、
経験を積みたかっただろうなと。

まだまだ一緒に子供と共に歩み、過ごし
同じ経験をしたかったです。

やすさん この掲示板で、
辛い気持ちを分かち合いたいです。



[146] なおみさんへ

投稿者: なのか 投稿日:2019年 5月 6日(月)20時55分28秒   通報   返信・引用

もう見てらっしゃらないかもしれませんが、どうしても書かずにはいられませんでした。私も2ヶ月前、同じ状況でした。あの日からどうしてあの時、なんで、この繰り返しです。寝ている時以外は常に心にその事があって、出口のない闇に1人放り込まれた気がしています。周りが大丈夫、大変だったね、心から寄り添って支えてくれているのに、正常を保とうとしている心がほんの一瞬思い出すだけでガラガラと崩れる毎日です。この先ら寿命尽きるまで生きて行くのが正直辛いです、本音を言えば迎えに来て欲しい、一緒に連れて行って欲しい。けど、家族や兄弟、皆に支えられながらでも生きていかなければならないと本当に少しずつ思い始めています。近くにいれば話を聞きたいし、聞いてほしいです。それぐらい境遇が似ているので投稿しました。




[145] 連休

投稿者: やす 投稿日:2019年 5月 5日(日)21時37分51秒   通報   返信・引用

年末年始も10連休のお祝いムードも、私にはつらいです。
皆さまは、世間がにぎやかな時期は大丈夫ですか?
2015年に二男は骨肉腫のため19歳で亡くなりましたが、彼の発病以来、私はずっとうつ状態で、世間がにぎやかな時期には、余計落ち込んで、死にたい~と泣き言を言っています。



[144] Re: 子を亡くした母が送る手紙

投稿者: さかした 投稿日:2019年 4月30日(火)21時51分9秒   通報   返信・引用 > No.143[元記事へ]

ゆずかママさん

M君のお母さん
心のこもったお手紙をもらえて
よかったなあと思います。

人知れず、一緒に泣いてくれている人の存在も
かけがえがないと思います。

頑張らなくていいこと、前に進まなくていいこと、同じ経験をした人と話すこと

直後に私も知りたかったことだ
と改めて思いました。

同じ経験をした人と話すこと、が実現して20年
改めて、その人たちに感謝が込み上げます。



[143] 子を亡くした母が送る手紙

投稿者: ゆずかママ 投稿日:2019年 4月26日(金)03時00分44秒   通報   返信・引用

こんにちは
可愛い娘をお空に送って、15年が過ぎました。
すぎた時間の流れが速いことに驚きます。

お空に送った娘の妹が、
一昨日学校から帰ってきて言いました。
「Mくんのお葬式金曜日やねんてー」

クラスメイトがその前日の夜に亡くなったらしいのです。
私は娘が亡くなった時の事を思い出し、
号泣しながら、そのMくんのお母さんにお手紙を書きました。
A4が4枚の超大作になりました。

そこには、いろんな人がいる事、
その人達とは別の世界の人になってしまったので理解してもらうのは難しいこと、思いっきり号泣してもいいこと、
頑張らなくていいこと、前に進まなくていいこと、同じ経験をした人と話すこと、そんな事を書きました。

全て、私が当時言って欲しかった事や、やらないでおこうと決めこと、実際に言ってもらってよかった事です。

こちらの掲示板を利用されてる方にも、何かお役に立つかもと思い、ここに書かせて頂きました。流石にここにA4が4枚の長文を載せることは申し訳ないので、気になる方はリンクからお読み下さい。

明日、Mくんのお葬式なので、お母さんにお渡ししようかと思ってます。できれば、お父さんにも読んでもらえたらなと思います。

https://ameblo.jp/albumcafe-kansai/entry-12456889869.html



[142] たましい

投稿者: さかした 投稿日:2019年 4月14日(日)17時04分15秒   通報   返信・引用 > No.141[元記事へ]

どんな状況にあっても
子どもと過ごす時間は
大切な一刻一刻だなあ
と思いながら読ませていただいています。

それで、次の1行
魂はここにもういないんじゃないかとも思いました。
に、ふと
魂は、どこに行くのかなあ?
今はどこにあるのかなあ?
と思ったのですが

よく、「今も一緒にいる気がする」
とおっしゃる方がおられて、
それが魂ということ?

もちろん、そう感じるかたと、感じていない方が
おられると思うのですが
姿は見えなくても、一緒にいてくれたらなあ
と思います。





[141] なおみさんへ。

投稿者: あき。 投稿日:2019年 4月11日(木)23時55分30秒   通報   返信・引用

もうこちらをのぞかれていないかも知れませんが、書かずにいられなかったので…
初めてこちらを利用させていただきます。

なおみさんのお気持ち、状況が痛いほどわかります。
私も5ヶ月前、同じ状況にいました。

私の不注意で3歳の息子は心停止。
40分ほど経った後、アドレナリンで帰ってきてくれましたが、脳死と判定を受けました。
たくさんの管につながれ、反射が残る以外は何をしても息子の反応はありませんでした。
半開きの目、いつもと違う位置にある黒目。
大好きなアイスを口に含ませてもピクリとも動かない舌。のの脳死、テレビで見ても重くて辛くて…
まさか自分の息子がそんなことになるなんて…

私も、息子は生きているのか死んでいるのか、わかりませんでした。
魂はここにもういないんじゃないかとも思いました。
みるみる弱っていく体に、あのとき蘇生したのは間違いだったのではないか、あのまま逝かせてあげたほうが本人も辛くなかったんじゃないか、と思いました。
もう頑張らなくてもいいよって言いたくなるほど、息子の体はボロボロになっていきました。
40分も心停止した後戻ってきてくれた息子。
まだまだ甘えたかったんだよね。
そして優しい息子のことだから、私たちに時間をくれたんだよね。
受け入れるための時間を。
私はあの時間をくれた息子に今とても感謝しています。
ボロボロになっていく息子を見るのはたまらなく辛かった。
毎日高度救命救急センターに面会にいくのが怖かった。
けれど、ある先生が仰ってくださいました。
「何かを感じている可能性もゼロじゃないと思う、この時間を大切にしてください」と。
最初は、目を開けて、頑張って、と言っていましたが、だんだん言えなくなりました。
素人目に見ても、息子の状態はわかりました。
あたたかい息子の感触を忘れないように、ずっと触れてました。
反射ですら愛おしくて、足の裏をくすぐってました。
辛く苦しい時間でした。
けれど、大切な時間。
あの時間がなかったら私たち今頃どうなっていただろう、あのまま息子に逝かれてしまっていたら、私たちはもっともっと苦しんでいたでしょう。
息子は私たちに受け入れるための時間をくれたのだと思っています。
そして、泣き虫で甘えん坊だった息子は、離れがたかったんじゃないかなと思っています。

私の話ばかりすみません。
胸が痛みます…
あのときの自分と一緒すぎて…
隣で一緒に泣きたいです。

とりとめのない文章でごめんなさい。


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