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スレッド一覧

  1. 足あと帳(0)(管理人)17/04/12(水)06:21
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今日の勉強会。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年12月16日(日)16時52分27秒 KD111239236133.au-net.ne.jp
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   今日は、無刀会の月一の勉強会だった。岡本太郎氏の「自分の中に毒を持て」の第三章を読み終わり、第四章の初めまで行った。岡本太郎氏の芸術家魂には、かなり考えさせられるところがあり、同人メンバーも活発に議論できたようなので、なかなかよい時間を過ごせたと思う。
 後半は、頭の中で想像した人物の描写の練習をした。みなさん頑張って描いてくれて、四者四様の個性が出ていたので、とても興味深かった。
 そろそろ、岡本太郎氏のテキストを読み終えるので、つぎの候補を挙げておかねばならない。また、候補はおいおい検討していくつもりだ。
 
 

第二七回文学フリマ東京、無事終る。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年11月27日(火)21時36分1秒 KD111239240094.au-net.ne.jp
返信・引用
   25日の文フリ東京も無事終った。今回は、私(大坪)と藍崎さんの二人で出店した。いつもは、独りなので高速バス移動の早朝到着で、時間を持てあましていたのだが、今回は藍崎さんを連れて一泊だったので、しかもお目当てのホテルがジャパンカップでその日だけ満室だったので、町田くんだりまで下がることになり、そこから朝八時に出てきたが、流通センターに着いたのは10時半前。慌てて設営して、やっとかっと間に合った。
 しかし、藍崎さんの熟女の魅力で、今までの最高売上数29冊を販売することが出来た。文フリ東京自体もブース数990、入場者数4300人という大成功を収めた今回だったようだが、やはり女性売り子の存在が、一番の販売成功のもとになったのだと思われる。
 失敗したのは、新刊の同人誌・空華第八号が一冊も売れなかったことである。藍崎さんや僕の個人の本ばかりが売れ、同人誌はまるで人気がないのは、無刀会自体はもう終った同人と言うことなのか、困ったことでもある。もっと強力な助っ人を連れてくる必要があると思われる。
 次回は、客数の少ない金沢である。第九号をなんとかして売っていきたいが、大阪も視野に入れた誌面作りが求められ、編集の才の無い僕ではどうしようも無いのかなどと悲嘆に暮れるところである。

http://mutoukai.ml/

 

角田源氏「少女」帖。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年11月 5日(月)21時21分21秒 KD111239245065.au-net.ne.jp
返信・引用
   ロミオとジュリエットを思わせるような、悲劇的な物語で始まっているが、最後は光君の引っ越しの話題で、お茶を濁せた感が否めない。
 葵の上と光君の子供である若君は、元左大臣だった亡き太政大臣の邸で、葵の上の母親の大宮に面倒を見てもらっていた。大宮の息子であるもと頭中将である内大臣は、弘徽殿女御の父親であったが、弘徽殿女御が冷泉帝と幼い頃から親しくしていたのに、光君の愛人だった六条との子供の梅壺が冷泉帝の后になってしまったので、非常におもしろくなかった。そこで、思い出したのが、弘徽殿女御と腹違いの娘だった。大宮に幼いときから面倒を見てもらっていていたため、若君ととても仲睦まじかった。知らぬうちに二人は恋仲になっていた。それを知った内大臣は、若君が光君の考えで大学生として六位で元服させたので、六位ごときと色恋沙汰になるのが癪でもあり、またこの娘を春宮に入内させることも考えていたので、無理矢理若君と娘を引き離してしまう。若君は悲嘆に暮れて、
 ――霜氷うたてむすべる明けぐれの空かきくらし降る涙かな
 と悲しみに暮れる。しかし、五節の祭りで舞姫を踊らすときに、光君が惟光の愛娘を出させたところ、評判がとても高く、その姿を垣間見た若君は、愛しい娘と会えない心紛れに、こころを惹かれて歌を贈ってしまう。それを見付けた惟光は、若君の男気をほめそやし、いっそ若君に嫁がせてはどうかなどと思うが。
 そのあと、若君と娘の話は、若君が試験で高評価を得て進士になり五位に昇進し、紫の上の父親の式部卿宮の五十歳のお祝いに、六条の梅壺の実家辺りに土地を買って、新宅を築造して引っ越すことで、お茶を濁されている。このあとの、若君と娘の成り行きがとても気掛かりだが、あとあとまた出てくるはずだ。
 新宅は、西南に梅壺、東南に紫の上、東北に花散里、西北ら明石の君と、それぞれ用に庭も邸も整えたのだが、花散里と明石はともかく、なんで冷泉帝の后の梅壺まで呼ぶのか、その変態的エロスには、いよいよ脱帽する。しかも、明石の君も、あんなに大堰で控えていたのに、そのままささっと、この引っ越しに応じる辺り、なんとも変な感じである。二条でなく六条だから来やすいのか。ならば、式部卿宮は出汁に使われただけで、しかも梅壺も六条の遺言の言葉尻を取って面倒を見ているだけで、六条に土地を買う口実として使いつつも本当はエロ心丸出しの光君であるだけで、実は明石を迎え入れるために全てを仕組んだのではないかとも考えられなくもなく、あくまでも、光君はエロエロドスケベの変態貴族なのであった。もっとも、昔の地位ある貴族男性は、みなこのようであったとも言えなくもないが……。
 しかし、まあ、とりあえずは紫の上が正妻として取り扱われていて良かった。

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309728742/

 

角田源氏「朝顔」帖。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年11月 2日(金)19時38分10秒 KD111239233052.au-net.ne.jp
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   梅壺に言い寄ったのをけしからんと思っていたら、さらに軽薄なことに、光君は同じ神職だからか、今度は元斎院に手を出してしまう。伊勢神宮と上賀茂神社では、ずいぶん祭神が異なる気がするが、そんなことは光君には関係ないのだろう。神職のコスチュームなどが、光君のフェチシズムをそそるのかもしれない。女子高生の制服を好むロリコンオヤジと同じなのだ。
 そういうわけで、斎院に言い寄る光君だが、斎院の朝顔の君は、想いが無いわけではないが、元斎院の身でもあり、年齢もそこそこの自分が、光君への想いをひけらかされるのを恥じて、そこそこ手紙の遣り取りをするだけの仲で済ませようとする。
 しかし、光君はこのころになると、若い頃女を手玉に取ったプレイボーイとしてのプライドが出てきて、朝顔の君が身体を許さないのを忌々しく思う。それで、朝顔の君の居る桃園の邸に、藤壺の喪中なので、香をたきしめて鈍色の喪服で訪ねていくが、その後ろ姿に紫の上は自分も捨てられる危機を覚えて、涙に濡れる。言い訳して宮中で過す夜が多くなった光君を、紫の上は悲しい想いで耐え忍ぶ。
 そんな紫の上を、光君は口八丁手八丁で慰めて、藤壺の宮の亡き後、自然に気遣ってしまうような高貴な女性は、紫の上を置いてほかにいない、などといい加減に言いくるめる。そのときに、光君は、自分の側妻の良さをひとりひとり、紫の上に語って聞かせる。月の透き通った雪積る晩だった。
 ――氷閉じ石間の水は行き悩み空澄む月の陰ぞ流るる
 氷に閉じ込められた紫の上は、明るい月のように自由な光君が、西に下るのを見送るしかない。光君は、言い訳のように、返歌するが、
 ――かきつめて昔恋しき雪(行き)も世に哀れを添うる鴛鴦(おし)の浮き寝(憂き音)か
 昔恋しい浮気の余所通いも、この世に情趣を添える鴛鴦の声のように、悲しいものだ。
 とかなんとか、無茶を言う。
 二条の対から月を見上げる紫の上を見て、藤壺の面影を思い出して、浮気心を収める光君だが、それでは既に藤壺に対する浮気であるから、紫の上は本当に可哀想だ。
 その夜に、夢枕に藤壺が立って、例の隠し事が知れてしまったことについて、光君に恨み言を言う。それで金縛りに遭うのだが、紫の上に起されて光君は、短い夢での逢瀬を悲しむのだ。
 光君は、面食いの軽薄漢なのだ。これだけ美しい良妻を持ちながら、いまだに父親の側妻に憧れている。しかも紫の上を愛することは、藤壺の存在を彷彿とさせるからだ。それは、すでに愛では無かろう。藤壺そっくりのドールでも抱いていたらよろしい。
 光君の浅ましさここに到れりの帖であった。

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309728742/

 

角田源氏「薄雲」帖。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年10月31日(水)19時12分5秒 KD111239244070.au-net.ne.jp
返信・引用
   明石の姫君が、大堰の御方のところから、二条の邸に引き取られる。紫の上が世話をするという。明石の御方は、光君の再三の誘いにも拘わらず、自身が二条に行ったときの惨めさを思って、京に移り住もうとしない。せめて姫君だけでもと、光君が将来を約束するので、ついつい御方は、母親の尼君にも諭されて、姫君を二条に移り住まわせることになる。その心情の辛さが、少しは光君にも判るのか、姫君が二条に移った後も、大堰にはまめに手紙を出し、桂の院に仏道をすると言っては、大堰に立ち寄るようにする。
 しかし、内裏では、葵上の父である太政大臣が急逝する。政務が内大臣であった光君にのしかかってきて、思うように落飾できそうにないと、思い悩んでいるところに、藤壺の尼宮までも体調を崩す。思えば、その年は星辰が異常な兆しを見せており、冷泉帝が分別も付くようになった砌ゆえ、藤壺と光君の間の罪科を糾しているかのようであった。藤壺は、光君がお見舞いの言葉を述べている最中亡くなった。三十七歳というと、後厄だろうか。
 桐壺院のときから、加持祈祷などでお世話になっている僧都がいて、そのときも、藤壺の厄払いや追悼の法要などで、七十になる老僧だったが特別に呼んだ。すると、冷泉帝のまえで、藤壺と光君の間の罪科を、暴露してしまった。冷泉帝は衝撃を受け、なんとか光君に事実を知ったことを伝えようとするが、なかなか簡単に言えるほどの軽々しい事実でもなく、光君に譲位することで、自身の呪われたかのような境遇から逃れようとする。しかし、光君はそれを断固受け付けず、だれが冷泉帝に出生の事実を教えたのか、恨めしく思う。
 そんな折なのに、冷泉帝の世話を引けて二条に帰って来た元斎宮梅壺に、性懲りもなく言い寄る光君は、やはり根っからの好色漢で、まこと如何ともしがたい変態オヤジだ。梅壺に言い寄った場面は、二条の邸の庭が秋の露に濡れて、なんとも言いがたい風情を感じさせる情景であっただけに、光君の告白には、かなり興ざめした。確かに、仏道修行などなまじすると、禁欲のために逆に欲が深くなってしまうものだが、藤壺が亡くなったばかりでその喪も明けないうちに、この好色漢は何をやっているのだろうか? あれほど憧れた藤壺と、たとえ一夜ではあったにせよ、褥を共にし子まで無し、その御子を父の子として践祚させておいて、今更この男は、どこの仏道修行をしようというのか? 浅ましいこと甚だしい。光君には、反省して懺悔するこころが足りないように思う。物語の中では、こころも優しくて容姿も美しいスーパースターとして、褒めそやされているが、それは言葉の上だけであって、実はこの美辞麗句は、むしろ皮肉として時の権力者に投げ付けられた批判ではないだろうか。
 梅壺の周りの女房の言葉に少し救われた。「『柳が枝に咲かせ』たお方」という光君に対する揶揄であった。(梅が香を桜の花に匂はせて柳が枝に咲かせてしがな/後拾遺集)

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309728742/

 

角田源氏「松風」帖。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年10月30日(火)17時46分53秒 KD111239249130.au-net.ne.jp
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   明石から京に呼び戻されて以来、光君は若い頃の女遊びの後始末に終始しているような感があるが、それも光君がただの好色漢ではなく、情の厚い立派な皇族だったということであろう。しかし、現代言えば芸能人のようなスター性が、このころは皇族にあったという風に描かれているのは、紫式部の天皇への媚びの所為だけではないような気もする。
 そのスターである光君と、流謫先の明石で契りを結び子をなした明石の御方が、明石の灘に入道を置いて旅立つシーンは、しかしながら、以前光君と離れ離れになった「明石」の帖の後半よりも、印象が薄い。明石の入道は、愛娘を遠くへ嫁にやる悲しい父親なのだが、あまりその心情が切々と語られていない所為だろう。それよりも、主眼は明石の御方の気持ちや、明石の姫君の愛らしさにあるのだから、紫式部も色恋がよほど好きなものとみえる。
 「松風」帖の美しいところは、京の外れの大堰の邸が、松が生えていて明石の浜を彷彿とさせて、そこで寂しい過去を顧みながら、明石の御方が筝を松風の音に紛れて鳴らすところであり、一にも二にも、明石の御方の美しさが語られているところが、一番見所だ。しかし、それもそんなに詳しく語られておらず、光君が大堰に近い嵯峨野に、偶然御堂を拵えて、そこに隠居しようと考えていたのに、その桂の宮は、すぐ貴族に嗅ぎ付けられて光君が来ると共に、貴族だらけになってしまって、すこしも出家したあとの場所として相応しくないということとか、その時の宴のようすの華々しさとか、あまり美しくなさそうなことが華やかに描写されていて、少し興ざめであった。
 最後に、すこし紫の上との遣り取りが出てきて、個人的に紫の上贔屓の私としては、もう少し紫の上の描写を、可愛らしく書いて上げて欲しく思った。可愛らしく描いてはあるが、ほんのすこしだけである。明石の御方は、「明石」の帖の箏と琴との競演で、そうとう美しく描かれているので、このままでは、紫の上の立場がない。どうにかして欲しいと思うのは、私だけだろうか。
 と言いつつ、ここまで読んで紫の上を可愛らしく思ってしまうのは、やはり間接的に、あるいは部分的に、ところどころに紫の上の美しさが、あちらこちらにちらほら描いてあるからであり、葵上や夕顔や明石の君など綺麗な女性があまた出てくる中、やはり一番可愛らしくて美しいのは、紫の上であるというような雰囲気を持たせているのは、そこまでも奥ゆかしく描く紫の上の性状からくるものではなかろうか、と思うものである。

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309728742/

 

角田源氏「絵合」帖。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年10月28日(日)19時50分41秒 KD111239242003.au-net.ne.jp
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   この帖では、紫式部の住んでいた平安の都における、絵画の芸術観が良く出ていて、そういう意味でも興味深い。
 元斎宮が、母の六条御息所とともに伊勢から帰ってきて、六条が亡くなるときに光君に幼い斎宮を託すのだが、光君は本当の親のように、元斎宮を保護する。しかし、朱雀院が元斎宮に惚れていて、どうにか朱雀院の元に仕えさせようとするが、藤壺の宮と光君は、冷泉帝の元に入内させてしまう。その冷泉帝は、もと頭中将だった権中納言の娘の弘徽殿女御と以前から親しかったが、新たに入内した元中宮の梅壺は年上である上にかなり嗜み深く女性として出来ていたので、冷泉帝は二人とも寵愛する。
 それで、梅壺が絵が上手くて帝のまえで綺麗に描くため、冷泉帝は梅壺とよく遊ぶようになったので、権中納言は危うく思い、時の絵師に煌びやかな絵を描かせて、冷泉帝の注意が必要以上に梅壺に向かないように仕向ける。そこで、光君と紫の上は、二条の邸に集めてあった古くからの良品の絵巻を、冷泉帝に献上する。そこで、権中納言の描かせる弘徽殿女御側の現代風の絵を右として、光君の集めた古くからの絵巻を左として、絵合対決が行われる。
 光君は、左の絵巻に、自分が須磨や明石に流されていたときの侘び住まいのときにこころ紛れに描いた絵巻をも混ぜたのだが、甲乙付けがたい左右の絵巻対決の決着を付けたのは、その光君の須磨の絵巻だった。
 この絵巻はあまりにも評判が良かったので、評をしていた光君の腹違いの弟である師宮をして、ここまで何でもできて絵師をも凌ぐ美しい絵を描く光君は、かえってけしからん、と言わしめた。
 光君は、学問を究める人は短命だといって、今の栄華は須磨や明石のわび住まいの代償であるから、長くは続くまいと、じきに落飾して細々と長生きしようと考えて、山里に御堂を造らせた。
 光君も、だいぶん欲が細くなってきたのだろうか、女性を追いかけ回さなくなったのは、歳を上手く重ねた証拠だろう。絵について、この当時は写実性が至上とされているようで、須磨の絵巻が素晴らしいと評価を受けたのは、その須磨の侘び住まいの様子が、見る物に実際に行ってみてきたかのような臨場感を与えるからだというふうに書いている。角田源氏で「須磨」帖が殊更情景豊かに描いてあるのは、この絵合帖のための伏線であったのかも知れない。そうであれば、角田さんの筆力は素晴らしく豊穣である。
 物語的には、紫の上と光君の幸せな生活があまり描かれていないのが、すこし不安だ。紫の上は、ちゃんと光君に妻扱いされて、幸せな生活を送っているのかが、かなり気掛かりなのは、僕が光君のキャラクターを今一解せないからだけではないだろう。このあと、光君が出家するとなれば、ますます紫の上はどうなるのだ? と光君の無責任さを詰らずにはおられない。
 光君は、確かに見目うるわしく学問も芸術も、何でも出来る大天才として描かれているが、そんな万能の人でありながら性格も美しいとなると、やっぱりキャラ設定に無理が出てきてどこか破綻してくるのだろう。素晴らしい性格なら、紫の上を一番大切にしなければならないのでは無かろうか?
 とまあ、同性だけに光君の美しさが今一判らない僕であった。 

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309728742/

 

角田源氏「関屋」帖。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年10月27日(土)20時59分20秒 KD111239234117.au-net.ne.jp
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   光君が若い頃、理想の女性を探していたときに、どうしてもこころを許さず貞操を守った女性がいた。ここでは帚木の女と書かれる空蝉のことである。袿を残して去って行った空蝉は、常陸介として任地に向かった夫について、京から離れていた。その任期が終わって戻ってくるときに、丁度大阪の関屋のあたりで、石山寺詣でに来た光君一行と、鉢合わせになる。光君は、空蝉に当てて文を渡すときに使いとしてかわいがっていた、空蝉の弟の子君が衛門佐になっている者に言伝して、空蝉に恋歌を送る。空蝉も、当時のことを思い起こして、胸一杯になり、返歌を送る。
 しかし、京に帰った空蝉は、やがて夫に先立たれ、下心の丸見えの義子の紀伊守に言い寄られそうになり、嫌になって出家してしまう。
 この帖は、短すぎて空蝉との劇的な再会について、あまり詳しく語られていない。なので、少し物足りない感じがする。ただ運命的な再会であったことだけは、プロット的に描かれている。紫式部は、ことによるとあまり空蝉のような頑なな女は、依怙地でしおらしくないので好きで無かったのかもしれない。しかし、物語の性質上、二度と会わなくなるということも却って非現実的で面白くなかったので、あっけない再会をさせたのだろう。だから、そのあと出家して尼にしてしまい、光君の情けの届かないところに追いやってしまったのだ。
 あるいは、好きとか嫌いとかを超越して、物語の流動力が、空蝉にそのような運命を強いたのだろうか。そこは、作者でないとわからないところだが、僕個人の感想で言えば、かなりあっけなかった。
 このあとは、もう空蝉の尼は出演してこないのだろうか……。

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309728742/

 

角田源氏「蓬生」帖。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年10月27日(土)06時04分59秒 KD111239241039.au-net.ne.jp
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   しばらく、他の本を読んでいたこともあって、角田源氏を読んでいなかったが、もう中巻も出ることだし先を読みたいとは常々思っていたので、続きを読んだ。
 「蓬生」では、常陸宮邸が出てくる。あの鼻の赤い末摘花の住む邸だ。光君が須磨へ下向するまでは、わずかばかりの金品などを送ってもらって慎ましく生活していたが、須磨に下向するとその仕送りが無くなったために、また光君の現れる前のような貧乏暮らしになっていった。そんな姫君を下の者は次第に見捨てて離れていった。しかし、長年連れ添ってきた侍従の君だけは傍にいた。しかし、そこへ姫君の叔母にあたる落ちぶれて受領へ嫁いでいた女性が、旦那が太宰の大弐に任命されて共に赴くことになったので、丁度娘たちの世話係として仕えさせようという魂胆もあって、一緒に来ないかと頻りに誘う。また、侍従の君は、叔母の甥と恋愛してしまったために、太宰府に付いていくことになる。長年付き添って頼りにしていた侍従の君まで、姫君を見捨てて行ってしまうことに、姫君は心を痛めて悲しむが、誰も同情してもくれない。わずか、侍従の君の叔母の老女だけがまだ付き添って面倒を見ていた。このような常陸宮邸であったから、塀は崩れ庭は蓬などの草がぼうぼうに生えて侘しい限りだった。
 光君は、あるとき花散里はどうしているだろうかと、紫の上に断った上で車を向けていった。すると、道中に藤が巻き付いて咲いている松の木が眼に入った。侘しい様子の邸は、常陸宮邸ではないかと惟光に確かめにやらすと、草を掻き分け探し抜いた先に、ようやく人の気配のする寝殿に辿り着き、聞き覚えのある侍従の君の叔母の少将と言葉を交わす。一途に光君のお慈悲を待っていた旨を、惟光に伝えると、それを聞いた光君は、露で濡れた蓬生を掻き分けて、末摘花に会いに行く。末摘花は、相変わらず内気だったが、光君の来訪に感動し、言葉を交わす。しかし、光君は蓬の繁く生えた邸に泊まるのを嫌がり、歌を詠む。
 ――藤波のうち過ぎがたく見えつるは松こそ宿のしるしなりけれ
 それに対して、姫君は、
 ――年を経て待つしるし無きわが宿を花のたよりに過ぎぬばかりか
 と恨み言を言う。以前よりは女らしくなったと、光君は思う。
 そんなこともあってか、光君は、上賀茂の祭りなどの贈り物などを末摘花に送り、わび住まいを憐れに思って蓬の繁きを刈り取らせ、崩れた塀を木板で修理などして、常陸宮邸を、改修した。そのうえ、二条の自宅の近くに、邸を造らせて、そこへ引っ越しをさせた。こうなると、散り散りになっていた侍従たちが、軽薄にもまた姫君の周りに集まってきて、末摘花は大分報われた生活をすることになった……。
 光君の情の厚さが良く出ている帖である。たとえ顔は不細工でも、一度思いを寄せた姫君には、情が湧くというのは、もてない私でも良く判る気がする。前の帖の澪標では、いつまでも六条の御息所に未練のある、だらしない男と私は感想に書いたが、わび住まいを寂しく送る末摘花に対する厚遇は、とても情が厚いように思われた。必ずしも綺麗な女性だけを追い求めている好色漢ではないというところが、この帖には良く出ている。
 前世の宿縁と本文には出てくるが、光君は、縁をとても大切にする人だったのだろう。

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309728742/

 

10月の勉強会。

 投稿者:Pearsword  投稿日:2018年10月22日(月)07時02分29秒 KD111239232181.au-net.ne.jp
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   今日は、テキストの第三章の半分を輪読し、そのあと頭の中に情景を思い浮べて描写することの練習をしました。あとで、聞いたところに依ると、頭の中に情景を思い浮べるのが、結構難しい方もいるようで、説明的になったり主観的感情表現が入ったり、なかなか情景描写だけを書き続けることの出来る人は少なかったようです。まあ、人それぞれ文体は異なるので、いろいろな書き方があって然るべきなのでしょう。
 来月は文フリ東京で、そのあとに北日本文学賞の選考の途中経過発表が控えております。何かと気忙しい晩秋ですが、勉強会も滞りなく行えるよう、頑張って行きたいところです。
 

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