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  1. 足あと帳(0)(管理人)17/04/12(水)06:21
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Re: 文学は国語の延長か?

 投稿者:藍崎万里子  投稿日:2020年 5月18日(月)11時34分23秒 flh2-110-233-194-129.osk.mesh.ad.jp
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  > No.363[元記事へ]

 こんにちは~(*^◯^*)
 国語という科目で、こういう風に書くのが、正解、こういう風に読むのが、正解、というように教えられてしまうのが、すごく小説とか、詩とか、短歌とか、俳句とか、そういう、芸術のジャンルの可能性を狭めている、ということですが……。
 私も、そう思います。
 甥が、国語が得意で、いつも100点をとるんですけれども、宮沢賢治の作品を読んで、自分なりの解釈をしていても、解答に書けないんです。
 それは、その答えは、内輪で、家族の中で、共有するしかないのです。解答に書いたら、バツがついて、100点じゃ無くなりますから。
 独自の解釈とか、絶対、許されない世界ですからね。本当に、もっとのびのびとできる国語の授業のあり方があるんじゃないかと思います。
 もっとも、私は、国語をちゃんと勉強してないので、文法も危ういんですけど、甥は、文法、完璧です。でも、文法が完璧でも、面白い作品が書けなくなるような日本語の教え方には触れて欲しくないです。文法は後でついてきます。アンデルセンも、まるで学がなく、後で習ったそうです。学がなくても、すごい作品は書けます。アンデルセンは、それで認められましたから。
 それは、学校教育に汚染されていなかったから、書けた世界、とも言えるでしょう。角田光代さんなどは、ものすごく真面目に国語を勉強された方ですが、歴史の洗礼に耐えられるかどうか。源氏物語を訳すほどの国語力は、さすがという他ありませんけど。
 結論としては、国語という科目は、他の主要科目と、別のやり方で、もっとのびのびとしたほうがいいだろう。ということです。この点について、大坪さんに激しく同意します。日本人の語学作品が今からどうなっていくのか、がかかっているので、もっと芸術的であって欲しいです。
 以上です。自由は天才の土壌です。藍崎万里子。
 
 

文学は国語の延長か?

 投稿者:大坪命樹  投稿日:2020年 5月18日(月)08時30分29秒 flh2-110-233-194-129.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
   どうも、文学は芸術と捉えられがたい原因として、「国語」という教科で学校で学ぶということが挙げられる。確かに、正しい文法や単語などは学ばねばならないが、しかし読解について模範解答をすれば良い点がもらえるというシステム自体に問題があるように思えて成らない。
 小説などの読解で、このとき主人公はどう思っていたのか?とか、この描写の象徴する意味は何か?とか、そのようなものの正解をしめすのはどうも、芸術の本意から外れている。本来読者がどのようにとろうが、読者の自由なわけで、名作を理解できないのは読者が悪いからだという、型嵌めが出てくる。名作だから素晴らしいのではない。あらゆる人々に何か大きなものを感じさせることが出来るから名作なのだ。そこを蹉過している人が多い。
 受賞作や名作だからといって、何も考えずに素晴らしい作品だと偏見を持つ人は、芸術を愉しむこころがない。なんであれ自分のその目で確かめてから、良いとか悪いとか言うべきだ。自分が面白くないのに、名作だから素晴らしいはずだなどというは、自分の感性をまるでおろそかにした、莫迦げた理屈だ。名作なんていうものは、歴史上に名を残した作品にすぎない。それらが自分にとってどうだとか言う問題は、自分で味わってみなければわからないのだ。
 だから、読み方も文法さえ弁えていれば、さまざまに読んで良いはずだ。こういう状況はこうであるのが正解だとか、ここの描写における主人公はこのような心理状態であるのが正解だとか、そのような正解をもとめるような作品は偉ぶっていて高慢ちきだ。もっといろいろな価値観の人達に開かれるものが芸術だろうと思う。
 たとえ、作者が意図していない感想を持たれたとしても、それは読者が悪いのでは無くて、作品がそのようなものだったにすぎないのだ。
 

Re: 新作のアイディアから

 投稿者:藍崎万里子  投稿日:2020年 5月 4日(月)20時30分49秒 flh2-110-233-194-129.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  杜埜さん、今日は、大変おつかれさまでした。ありがとうございました(*^◯^*)
新しい小説のアイディア、どれも面白そうですね。2人の姉妹のお話は、まるで、私と妹みたい(^◇^;) わたしは出来が悪くて、妹は出来がいいんですよ。お話とは逆ですね。
2番目のお話は、なんだか、わたしが入院中に病棟で聞いたお話とよく似ています。みなさん、人生に悩まれてますね。キリスト教に救われた方は、わたしの病院友達でも、多かったです。
3番目のお話は、今の切実な問題をはらんでいますね。コロナで、店を閉めたとか、緊急事態宣言が延びたことで、6日まで6日までと思って頑張ってきたのに……と言って、泣いてらっしゃる経営者の方々の話を聞くと、同情して泣けてきます。本当にかわいそうですね。そういう切迫した現代社会の問題を、杜埜さんがどのように描かれるのか、とても興味があります。
 今日も、素敵な描写をされていたし、11号も改めて読ませていただきましたが、「日常。」素晴らしかったです。感動的な、深い物語をお書きになるなあ、と感銘を受けました、
 わたしの作品も、深く読んでくださって、感想をくださって、ありがとうございますo(^▽^)o嬉しかったです。わたしは、今、スランプじみてますけど、がんばりますp(^_^)q
 それでは、次回、6月13日に、またお会いしましょう! コロナなどにくれぐれもお気をつけてお過ごしくださいね(*^◯^*)!
 

Re: 新作のアイディアから

 投稿者:大坪命樹  投稿日:2020年 5月 4日(月)18時48分22秒 flh2-110-233-194-129.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  > No.360[元記事へ]

 杜埜さん、
 掲示板御活用どうもありがとう御座います。どんどん利用して欲しいです。活性化すれば、TwitterやFacebookに繋がっているので、無刀会の知名度が高まって、広告効果があります。
 今日の勉強会は、冬月さんの提案を入れて合評会でしたが、僕の小説もよく読んでくれていて、とても嬉しかったです。感想を戴くのはとても嬉しいことですね。
 小説のアイデアですが、たくさんネタがあっていいですね。今日の実習でも、杜埜さんの描写がとてもうまく出来ていたので、そういうものを活かせば、もっといい小説が書けると思います。頑張ってください、楽しみにしております。
 なお、Twitterで無刀会のアカウントで、いろいろcmしているので、できればリツイートやコメントをしてほしいです。よろしくお願いします。
 では、また。
 

新作のアイディアから

 投稿者:杜埜不月  投稿日:2020年 5月 4日(月)17時51分42秒 om126208137255.22.openmobile.ne.jp
返信・引用
  今日もお疲れさまでした。
LINEに流そうと思いましたがせっかく掲示板があるので、
たまには利用しようと思いまして。

私が着手している作品のうちみっつ挙げますと、
①双子の姉妹。よく出来る姉と、出来の悪い妹。その妹のほうに視点をおいた生涯のはなし
②名門高校を卒業するも大学にも行かず引きこもりだった青年がキリスト教会を訪れるはなし
③東京の下町で昭和時代からひとりで個人食堂を切り盛りする女将とその周りのはなし

発表するとしたら多分番号順になると思います。
③は平成の思い出とかがたくさん出てきます。コロナ前から書いていましたが、これにいつの間にかコロナ禍をどう乗り切るかという課題もできました。
修行時代の旦那との出逢いを含む昭和の思い出も出てきます。これを発表する頃にはコロナも昔話になっているといいのですが。
 

Re: まあ、そんなものでもないですよ。

 投稿者:大坪命樹  投稿日:2020年 4月17日(金)17時37分3秒 flh2-110-233-194-129.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  > No.358[元記事へ]

 住めば都というように、此土で救われるには、仏国土を信じれば良いだけです。僕の小説にもありますけど、無上菩提などその辺に転がっているのです。だから、香厳撃竹のような頓悟があるし、南陽慧忠の禅問答にあるように「いかならんか、これ古仏心」に対して「牆壁瓦礫」という答えなのです。如来の境地ですが、世界の終わりの劫火の中にあっても、天人が常に住み、花が雨のように降る世界が此土なのです。
 吉野山転びてもまた花の中、とも言います。現世利益ばかり追うから、得られなくて辛い。すでに住んでいる此土が仏の国であることに気付くことが、一番の救いなんです。その此土には、もはや仏しか居ない。道元禅師も正法眼蔵「恁麼」巻で言ってます。「たとひ驚きあやしまるる恁麼ありとも更にこれ恁麼なり」と。仏の姿はかなり異形です。それでも仏様か? というような姿をして、人々の前に現れます。しかし、人間を救う者が仏様であるわけではありません。考えを改めた人間が仏様に救われるだけです。自分らの思うようにならないからと言って不幸ぶるのは愚の骨頂です。あたえられた人生、あたえられた運命。いかようになっても仏国土の中。そういう腹を決めて、仏を信じることが出来れば、その人はすぐ死んでも救われる人です。また、そこに仏の意志が不思議とはたらくものです。生に拘り我に拘る人ほど、不幸を見るものだと僕は思います。
 コロナウイルスも悪玉にされてますけど、立派な生物ですから、人間の繁栄ばかり考えると、悪の権化のように思えますけど、コロナウイルス側からしたら、病気が広がることが子孫の繁栄なのです。今の状態は、コロナウイルスにとっては幸せな世の中なのです。
 人間の繁栄ばかり考えるから、いろんな不都合が起きてくる。生物多様性条約も考え方として、とても理想的です。もう少し、いろんな生物の共存を考えてもいいように思います。
 もちろん、そのような生物の栄枯盛衰について、どれが悪いとか良いとかいう価値判断は無意味です。すべてがゾーエの営みです。そういう長い絵巻物を、我々は仏様に見せて戴いている。人生も精密に編み込まれたタペストリーのようなものです。それを、我々は仏様に与えられている。その模様を嫌っても、与えられたものしか我々にはありません。無い物ねだりすると不幸です。自分の所与をいかに愛するか、それが幸福の鍵だと思います。
 僕の場合、名声からは見放されていますが、自分の人生と運命はとても愛しています。贅沢は出来ないが、好きなことをして生きていられる、そしてよき妻がいる。それだけでとても幸福な人生です。それ以上何を望むのか。とても素晴らしい人生です。
 まあ、今朝の書き込みは、あくまで愚痴なので、そんなに気にしないでください。
 

みんな、そうですね。。

 投稿者:藍崎万里子  投稿日:2020年 4月17日(金)12時20分46秒 flh2-110-233-194-129.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
   iPadで、慣れているキーボードで打ちます。

 そうですね。まあ、アマチュアで妥協、というような方々も、中には、ほんの少しはいらっしゃるかと思いますけど、ほとんどの方々は、出版社、文壇に、認められて、プロデビューしたい。と野心を燃やされているかと思います。
 そこへいって、大坪さんは、恐れもなく、出版社批判、文壇批判をされているので、保身を考える方々からしたら、からみにくい、からんだら損になる、ということがあるかと思います。みんな、コネを作るためなら、無い金でも出す、という方々ですから。あまり危ない橋は渡らないでしょう。
 大坪さんは、欲が無く、基本的に善い人なので、汚い人間関係、処世術とは、まるで無縁なのは、私と同じです。真っ直な性格そのものに、真っ直な小説を書かれていると思います。正直者が馬鹿をみる、とはよく言いますが、大坪さんはその典型でしょうかね。本当に、世の中は汚いもので埋め尽くされ、覆われているので、大坪さんのような方は、隅に追いやられるというか、闇に葬られるというか、芽を出すことができません。悲しいことですが、これは事実です。
 大坪さん、一押しの、岡本太郎さんにしても、反権力、反体制、だったけれど、ものすごい機転をきかせて処世術をこなされた方だと思えます。だから、あそこまでになれた。汚い波を乗りこなせない者は、何もできずに沈むだけです。そこには、相当の賢さがいります。うまくやりこなす賢さです。
 大坪さんは、ありのままの真っ直さで、ずっと生きてこられたので、今まで、相当の痛い目に遭い、多くの裏切りを経験されたことでしょう。でも、汚くならず、腐らず、清らかな少年のような心で、すべてのものにぶつかって戦って、傷を負い続けている。私は、そんな大坪さんを尊敬します。
 きっと、私が願うまでもなく、最後まで汚れずに、生き抜かれることでしょう。私は、影ながら、そんな大坪さんを応援したく思います。本当にいつもよく頑張ってるね^_-☆
 私も、大坪さん以上に、人間関係できない人なので、大坪さんを守ることができず、かえって足手まといになってしまっているので、悲しいです(T . T)
 とにかく、最後まで生き抜きましょう。120歳まで生きましょう。頑張りましょうね\(^-^)/


NECのパソコンですけど、キーボード並びがいまいちなのか……。
>  僕はマイクロソフトのキーボードを使用しているので、割合打ちやすいですが、そういうのはおのおののキーボードに対する慣れではないかと思います。
>  予測変換は、使ってばかりいると、キータイプの能力が落ちるので、僕はあまり使いません。キーボードで全て打った方が、タイピングの技能が上手くなりますよ。
>
>  ところで、歌人の方々というのは、本当に冷たいものです。僕の歌は確かに稚拙かもしれないけど、ろくに評を入れてくれないし、それは下手なせいだと思っていたけど、いくら勧めても、なんだかんだ理由を付けて僕の小説は全く読まないし。一人なんて、向こうの著書を読んで感想まで書いて上げたのに、向こうは未だに読まないんです。酷い話ですよ。
>  まあ、こういうのは、文フリの出店者にも良くあるパターンで、自分の作品がほめそやされればそれで彼らは満足なんです。自分の作品が褒められて、自分が才能あるとか崇められたいだけなんです。まったく、くだらん連中が多い文學界だな。本当に、日本文学終りかも。ろくな創作家がおらへんもん。
>
>  文学のよろこびって、栄光をえることと別のところにあるのだけど、そういうのが歌人には判らないのだろうと思う。ことによると判っている作家は少ない。読むこともとても面白いのに、自分の小説を褒められることが目的になってしまっている。それが文学の在り方だろうか? ホント嘆かわしい文学界だ。
>
>  まあ、愚痴はこのくらいにしておきますけど、酷い目にあった。
>  
 

Re: 打ちにくいですか?

 投稿者:大坪命樹  投稿日:2020年 4月17日(金)06時50分38秒 flh2-110-233-194-129.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  > No.356[元記事へ]

 NECのパソコンですけど、キーボード並びがいまいちなのか……。
 僕はマイクロソフトのキーボードを使用しているので、割合打ちやすいですが、そういうのはおのおののキーボードに対する慣れではないかと思います。
 予測変換は、使ってばかりいると、キータイプの能力が落ちるので、僕はあまり使いません。キーボードで全て打った方が、タイピングの技能が上手くなりますよ。

 ところで、歌人の方々というのは、本当に冷たいものです。僕の歌は確かに稚拙かもしれないけど、ろくに評を入れてくれないし、それは下手なせいだと思っていたけど、いくら勧めても、なんだかんだ理由を付けて僕の小説は全く読まないし。一人なんて、向こうの著書を読んで感想まで書いて上げたのに、向こうは未だに読まないんです。酷い話ですよ。
 まあ、こういうのは、文フリの出店者にも良くあるパターンで、自分の作品がほめそやされればそれで彼らは満足なんです。自分の作品が褒められて、自分が才能あるとか崇められたいだけなんです。まったく、くだらん連中が多い文學界だな。本当に、日本文学終りかも。ろくな創作家がおらへんもん。

 文学のよろこびって、栄光をえることと別のところにあるのだけど、そういうのが歌人には判らないのだろうと思う。ことによると判っている作家は少ない。読むこともとても面白いのに、自分の小説を褒められることが目的になってしまっている。それが文学の在り方だろうか? ホント嘆かわしい文学界だ。

 まあ、愚痴はこのくらいにしておきますけど、酷い目にあった。
 
 

打ちにくい・・・

 投稿者:藍崎万里子  投稿日:2020年 4月16日(木)15時14分30秒 flh2-110-233-194-129.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
   今日、久々に小説に手を加えたのですが、パソコン、ま~、打ちにくい! このパソコンに慣れていないせいでもあるのですが、予測変換機能を使うことができず、いちいち全部を打ちこまないといけない。
 最近、掲示板によく書くようになってきていますが、小説はものものしいので、調子の悪い自分のために、掲示板でも書いて、文章を書く練習をしようかな、と思うところです。本当は一太郎2020がほしいけど、たぶん、買ったところで、使いこなせないでしょう(T_T)
 いつもiPadと付属のキーボードを好んで使っているので、それに慣れてしまって、パソコンが使えなくなりました。どうにか、やり方を大坪さんに聞きながら、慣れていきたいと思っております。
 今日は、新作の小説「北海道の冬」の冒頭部分を少し書きました。原稿用紙95枚になったので、だいたいどこの純文学賞にも出せる長さになりそうです。たぶん、と言うか絶対、一次も通りませんけど、そういうときも、大坪さんの強さを見習って、私の書き方、を通そうと思っています。
 調子の悪い中、小説を書けたのは、昨夜、久し振りに眠れたからです。ノンカフェイン、ノンアルコールでやっていたのですが、どうものらりくらりとしてしまって、疲れがあんまり溜まらないために、やっぱり夜眠れない。だから、午前中は、カフェインをしっかり摂ることにしました。そしたらちょっと体がワナワナするけど、元気いっぱいになって、このように、そこそこ活動できるので、夜疲れて、眠れたりするんです。もちろん、最近の睡眠不足がかさんでいるので、一日眠れたからと言って、幻聴が収まるわけではありません。罵詈雑言のあらしです。こんな病気になってしまうと、日常生活を普通に送れなくなりますね。普通の人から見たら、なに働いてもいないで、毎日怠けて過ごしちゃって。と思うでしょうが、精神活動が全然怠けることを許さないので、いつも疲れています。くたくたです。
 夫もそれは同じです。二人で助け合って、一生懸命、「生活」をしたいです。余力が持てたときは小説を書くという「芸術活動」「創造」を。なかなかままならないですけど、二人で頑張っていきたいと思います。
 もう、おやつの時間になったので、筆を置きます。くだらないことをくっちゃべってしまいました。太らないように、おやつは控えめにします。それでは、また。
 

Re: 芸術は下手な方が良い。

 投稿者:大坪命樹  投稿日:2020年 4月15日(水)15時44分6秒 flh2-110-233-194-129.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  > No.354[元記事へ]

 岡本太郎さんの言葉ではないですが、芸術なんて上手いも下手もありません。むしろ下手で個性的な方が良い。インテリジェンスな上品ぶった言葉遣いが良いわけでは決して無い。
 ただ、蹉跨してはいけないのは、文法も何もかもむちゃくちゃな文章を書いても良いわけでは無いことだ。文章というのは、絵や音楽と違って意味が判らないと、なかなか楽しめないものだ。柴崎友香さんの小説に「なみぎゅまの話」というのがあって、「なみぎゅま」は辞書に載っていない造語だが、それはその言葉だけが作られているから、つまり他の言葉は意味が通じるから文学として成り立つのであって、すべてが意味のつかめない文脈も意味もめちゃくちゃな文章は、意味がつかめなくて、現在の所芸術として成り立たない。
 いろうこさたせえもくせらみもけけいむちき。とか平仮名を羅列しても芸術にならないだろう。
 文章の形は正しく使った方が、現在の段階では、美しい文学が表現できる。もう少し文学が飽和してきたら、意味の無い言葉の羅列を楽しむ世界も出てくるのかもしれないけど。
 また、賞というのは、繰り返し言うと、名声を得るための虚しいものです。受賞者は受賞すると自分は才能があるのだとか頭が良いのだとか勘違いしがちだけど、才能なんてものは自惚れにすぎないし、そんな特別な何かがあるわけではない。一生懸命努力するから実を結ぶだけだ。よしや何か才能みたいなものがあったとしても、そんなものを持っていたからと言って、普通の人より偉いわけでも何でも無い。
 大衆が陥りがちなのは、才能がある人は優れているから、何でも思い通りになるのだ、と思うことだ。人生、思い通りにならないと思い知ることが、才能を自惚れるよりもよほど大切なことだし、才能とやらを誇って高慢ちきに芸術したところで、面白いものが産み出せるとは全く思えない。
 芸術というのは、おのおのが個性を発揮するから意味があるのであって、優越感を得るためにやるものではない。むしろ他人の個性を尊重して、個々を認め合う平和な社会のためのものであり、ひいては弱者にやさしいものである。優劣の差にこだわるうちは、芸術的で無いと思います。
 

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